自由民主党 板橋区議会議員間中りんぺいオフィシャルサイト

政策

どんな板橋なら、毎日を明るく安心して暮らせるだろう。
未来を描き、皆さまのちからをつなげて、発想力と行動力でこれからの板橋をつくる議員を目指します。

以下は板橋区議会議員としての、間中りんぺいの政策一覧になります。活動報告はこちら

1、個として強く生きていける教育を
~思考することを学ぶ、時代変化にも沿った教育内容に~

  • これからの社会を創り、生きるための、思考を掘り下げる教育機会の拡充
  • 自己肯定感を高め、志を持ち、目標に向かい進んでいける人材の育成
  • 家庭環境に左右されない教育環境をつくる

2、子供たちが屋外で走りまわれる街、板橋をつくる
~板橋で育った子供はたくましく、創造的。と言われたい~

板橋の公園で子供と遊んでいる様子

  • 保育所待機児の解消
  • お父さんお母さんが働いていても、放課後安心して子供たちの走りまわれる街づくり
  • 緑の多い街板橋をつくり、新たなコミュニケーションの場をつくる

3、災害に強い板橋をつくる
~みんなで災害にそなえ、いざという時に助け合える街に~

  • 安全安心な街づくり 安全は機能的価値、安心は心理的価値、両面からの充実を図る
  • 街のつながりを重視して、地域の防災ネットワークの強化

4、やさしい街、板橋
~消費によってではなく、心で結びつく人間関係を~

地元板橋での活動

  • 多様性に富み、「普通」や「当たり前」に囚われない様々な価値観が認められる社会に
  • 高齢者の活躍の場を増やし、心身ともに健康を促進する仕組みづくり
  • 教育、就業を含めた障碍者福祉の充実

5、板橋の活力アップ。魅力を掘り起こし、新たな魅力を創る
~人が集まり、賑わう街に~

  • 商店街の活性化、中小企業の企業価値を高める
  • 板橋の活力につながる「挑戦」の支援強化
  • 愛着の持てる、散歩したくなる景観づくり

少子高齢化、人口減少、膨大な国債、度重なる自然災害…これまで日本社会の直面したことのない数多くの問題が私たちの前に立ちはだかっています。板橋区においても、やはり同じように問題が山積しています。これまでの「経験」をもとに解決できるような単純な問題ではありません。

限られた人たちが閉鎖的な場で議論して出す答えより、板橋区民の皆さまが持つちからをつなぎあわせて、私たちの解を探る必要があると考えています。もっと区議会を身近に感じられ、若い人たちが区政や選挙に興味を持てるよう取り組んで参ります。

皆さまのちからを、板橋のちからに。他人ごとではない、“自分ごと”の区政をつくります。

自信も期待も抱けない日々

「大人」への階段をのぼり始める中学時代、私は、勉強することへの興味を失くし、真面目に生きること自体に嫌気がさすようになりました。高校に進学はしたものの、すぐにサボることに慣れ、まもなくまともに通うことも止めてしまいました。大学に進学することなど毛頭考えられず、すっかり遅れた勉強を取り戻す気力もありませんでした。

空は、もっと高くて広いのかもしれない

転機が訪れたのは19歳のとき。

間中りんぺい若手として派遣される

こうした生活を送りながらも、唯一継続していたのが、7歳から始めたボーイスカウトの活動でした。リーダーの計らいもあり、私は教育事情の調査のため、約1ヶ月、単身オーストラリアに派遣されることになったのです。

「ろくに英語もしゃべれないのに、1人でオーストラリアで1ヶ月にも及ぶプログラムなど、成し遂げられるはずがない…。」
重い心持ちで、不安ゆえに胃の痛みすら覚えながら出発しました。

現地での3日目、私はある女の子と出会いました。調査の為に訪問した高校を案内してくれたその子と、何気ない会話をしていたなかで、私はいつもながらに「どうせオレの人生なんか」と投げやりな発言をしました。すると彼女は本気で怒り出したのです。

「あなたは全然わかっていない!見て、この空。高いと思わない?広いと思わない?これがあなたの世界なのに!」

この言葉は私の心の奥深いところまで突き刺さり、涙が溢れてきました。
自分のなかに「もっと頑張りたい」と思う気持ちがあったことに気づきました。「自分は頭も良くないし、社会の“レール”から外れてしまい、これからどうすれば良いか分からない。」そんな自信の無さから、いつの間にか、自分で自分の限界を決め、気持ちを押し殺していたのです。

空は、もっと高くて広いのかもしれない。

翌朝には、体中の細胞がすべて入れ替わったような感覚でした。
帰国後、「まずはきちんと働こう」とハローワークに通い、どうにか飲料メーカーの伊藤園に就職しました。厳しい職場で5年間がむしゃらに勤めたあと、私にとって遥か遠い存在だった大学にも進学しました。

「期待」が私を変えた

区議会議員を志す

今振り返ると、オーストラリアで出会った女の子の言葉に込められた「期待」が、私の心を大きく動かし、変化させたのです。
そして受け取った「期待」は、私の心のなかで「誰かのために行動したい」という動機となり、今度は自分が誰かに「期待を贈る」活動をするようになりました。

飲料メーカーに勤務していた頃には、有給休暇を使って、定期的にスリランカの内戦地域に足を運び、子供たちに教育に必要な物資を届ける支援活動をしました。また、継続していたボーイスカウトでは、成人後、自分もリーダーとなり、後輩のメンバーを、時に引っぱり、時に支える役割を担うようになりました。

「期待」は人と繋がるきっかけとなり、生きる希望となる。活動を通じて、そう強く感じています。もっと「期待の贈り合い」が生まれ、希望でつながった社会となってほしい。それを可能にする契機を創りたい。そう思い、私は政治の世界を目指すことにしました。

どうか今、間中りんぺいに、「期待」を贈ってください。 板橋区民の皆さまのために、そしてかつての自分と同じような想いでいる誰かのために、本気でぶつかっていきます。

板橋区議会議員、間中りんぺいへの応援を、よろしくお願いいたします。